はじめに:胃の痛みと食欲の関係
現代のようなストレスの多い社会で生活していると、胃痛を感じることは決して稀ではありません。病院を受診し内視鏡検査を受けた際、医師から告げられる可能性のある病気は胃炎が大半と思われますが、その他、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、胃ポリープ、胃癌などが考えられます。これらの病気は現代人を悩ましているだけでなく、これまで何百年、何千年にもわたって、我々の祖先が苦しんできた病気でもあります。一般的には、胃の痛み(胃痛)があると食欲も落ちると思われがちですが、食欲は落ちないこともあります。
胃痛があっても食欲がある場合の背景
例えば胃潰瘍や胃がんでは胃痛と食欲低下が代表的な症状となりますが、これらの初期段階では胃痛のみの症状で食欲はあることが多いです。
食欲はあるが胃痛が続く場合の注意点
胃潰瘍や胃がんの初期では胃痛のみで食欲はあります。食欲が無くなった時にはある程度病状が進行していますので、治療が長引くこともあります。また、がんの場合は発見が遅れると手遅れになることがあります。食欲が無くなる前に一度病院を受診することをお勧めします。
2. 胃痛の原因とその種類
胃炎:急性胃炎と慢性胃炎
胃炎とは胃粘膜に炎症細胞が浸潤した状態を表しており、臨床経過や病理組織所見から急性胃炎と慢性胃炎とに大別されます。
急性胃炎
急性胃炎とは、外因性あるいは内因性要因により胃粘膜に急性の炎症性変化が惹起された状態を表しています。突発する上腹部症状を主徴として、病理組織学的に認められる好中球主体の炎症細胞浸潤・浮腫うっ血・びらんを背景に、内視鏡検査では胃粘膜に高度の発赤や浮腫びらんなど多彩な変化を示します。特に内視鏡所見において胃前庭部や十二指腸を中心に、広範囲に多発するびらん・出血・潰瘍形成などを伴う症例を、急性胃粘膜病変(acute gastric mucosal lesion:AGML)といいます。原因の約16~64%か薬剤であり、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)によるものが40~60%、抗菌薬によるものが約10%、ステロイドによるものが10%弱となっています。その他、ストレス、感染(アニサキスやヘリコバクター・ピロリ菌など)、食事(アルコール、刺激性食品、食物アレルゲン、高温の食事など)、医原性(放射線照射治療、肝動脈塞栓術など)などが挙げられます。強力な酸分泌抑制薬を服用するなどの薬物療法が効果的です。発症要因が的確に除去された場合、ほとんどの症例が1~2週間で治癒に至ります。
慢性胃炎
慢性胃炎は、組織学的に胃粘膜の慢性的な炎症性変化を認める組織学的胃炎を表しています。しかし、日常診療でよく用いられる病名としての慢性胃炎は、組織学的胃炎のほかに、胃痛や胃もたれなどの自覚症状があるが原因が認められない機能性ディスペブシアや、内視鏡や胃透視を用いた画像診断で診断された形態学的胃炎が含まれた疾患概念で用いられることが多いです。組織学的胃炎の大部分はヘリコバクター・ピロリ菌感染によるものです。
胃潰瘍と十二指腸潰瘍
胃・十二指腸潰瘍とは、主に胃酸が要因となって胃や十二指腸に生じる潰瘍のことです。潰瘍とは、粘膜傷害が進行して粘膜欠損が生じたもので、浅いものをびらんとよび、粘膜筋板をこえる粘膜欠損にいたった状態を潰瘍とよびます。つまり、消化管の壁が深くえぐれた状態が潰瘍です。ヘリコバクター・ピロリ菌感染と非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)が二大成因で、その他薬剤・ストレス・炎症性腸疾患・好酸球性胃腸症・感染症に合併することがあります。近年、ヘリコバクター・ピロリ菌の除菌治療の普及によりピロリ菌感染率が低下しているため、有病率は年々減少しています。診断には、上部消化管内視鏡検査が必要となります。
胃酸過多や逆流性食道炎(GERD)
胃酸過多とは胃酸が多い状態で、胃酸に含まれる塩酸・ペプシンは胃・十二指腸粘膜の攻撃因子ですので、胃痛の原因となります。以前は、胃酸分泌は加齢によって低下するものと考えられていましたが、最近の研究では、ピロリ菌が陽性のままだと高齢者では胃酸分泌は低下しますが、ピロリ菌を除菌すると胃酸分泌は低下することなく維持され、加齢により消化管の運動機能が低下することで胃酸過多傾向になることが分かっています。胃酸過多が長期持続することで急性胃炎や胃・十二指腸潰瘍の原因になりますので注意が必要です。胃酸過多の治療のために強力な酸分泌抑制薬を服用することがありますが、服用後には胃内は無酸状態になります。長期間服用しますと無酸状態が長時間続くことになり、生理的な状況が乱れて,消化管にさまざまな変化を起こすことが危惧されます。胃酸分泌のメカニズム negative feed back が乱れると高ガストリン血症を、また腸内細菌叢が乱れて腸炎を発症することが知られていますので注意してください。逆流性食道炎(GERD)でも、胃酸の食道への逆流により食道粘膜障害を引き起こされ、胃痛として認識することがあります。食欲のある胃痛で割と頻度は多いです。
ストレスや不規則な生活習慣が引き起こす胃痛
過度のストレスや暴飲暴食、アルコール多飲などの生活習慣は前述のAGMLをきたす要因になります。痛み症状が激しいことも多く、早めに病院を受診して内視鏡検査を受けてください。
3. 食欲があることの意義
食欲があることが示す体の回復力
胃痛があるものの食欲がある間は、栄養状態は保たれるので体力もあり、この時点で病院を受診して速やかに適切な治療をすれば回復も早いです。
4. 胃が痛い時の食事の選び方
胃が痛い時の食事の選び方の基本は、①胃液分泌を促進させない食物を摂取する、②胃内停滞時間が短い食物を摂取する、③胃粘膜への物理的・化学的刺激の少ない食物を摂取する、④消化吸収されやすい食物を摂取する、⑤潰瘍治癒を促進するための栄養素を補給する、などです。
胃に優しい食事:消化の良い食べ物とは?
栄養バランスを保つ:胃痛などによる食欲低下や栄養バランスの乱れにより、潰瘍部の治癒を延滞させることもあるので注意が必要です。
消化のよい食品と調理法にする:素材のままでは軟らかいですが、調理により硬くなるもの、逆に軟らかいものが硬くなることもあります。食事として摂取するときに軟らかい状態で摂取できるようにしましょう。とくに食物繊維の多い食品は避けましょう。
避けるべき食べ物:辛いものや脂っこい食べ物
香辛料は控えめにする:香辛料は刺激が強く、胃液分泌も促進しやすいので、使用しても少量にしましょう。
熱いもの、冷たすぎるものを避ける:70℃以上の熱いもの、10℃以下の冷たいものは刺激が強いので避けましょう。
味つけは薄めにする:塩味は、高血圧などの減塩食とは異なりますが、一品でも味つけが濃厚なものは控えるようにしましょう.同様に酸味が強い酢の物や柑橘類も控えるようにしましょう。
アルコール・コーヒー・炭酸飲料を避ける:これらのものは、胃壁に刺激を与え、胃液分泌を高めるので避けましょう。
食べる量や食事のタイミング等について
規則正しくゆっくりよく噛む:食事時刻が不規則となり、食間が長くなると空腹時間が長くなり、胃液分泌を充進させます。逆に、食間が短くなると食物が胃内に留まっているうちに次の食物が入り、胃に負担をかけることになります。また、食事はゆっくり楽しみながら摂取し、胃に負担をかけないようにしましょう。
食休みをとる:食事が終わっても30分くらいは休息し、胃が効率よく働ける状況を作りましょう。
5. 胃痛を緩和するための生活習慣の改善
食事の時間帯や頻度の見直し
長時間空腹にならないように、3食を規則正しく食べ、1回の食事量を少なくし、回数を増やすのもよい食事方法です。
ストレスの管理法
心理・社会的ストレスを起こす要因はさまざまであり、人によって異なります。ストレスは直接胃痛の原因になりますので、蓄積せずに解消する習慣を身につけることが大切です。
一般的なストレス解消法には、睡眠・休養・旅行・スポーツ・酒・カラオケ・ショッピング・食べ歩きなどがあげられますが、自分に合わなければ何の意味もなく、解消どころか逆にストレスを蓄積することになります。自分自身でいろいろ体験しながら、自分に一番合ったストレス解消法を選ぶことが大切です。
適切な休養と睡眠
睡眠不足が食道の過敏性を悪化させることが知られていますので適切な休養と十分な睡眠が重要です。
6. 胃痛が続く場合の対策と受診のタイミング
胃痛が長引く原因とそれに対する治療法
食道・胃・十二指腸に異変が生じていると自然には治りません。まずは前述のような生活習慣の改善を行ってみてください。
医療機関への相談の目安
1週間以上症状が続く場合は病院を受診してください。
早期の受診で防げる合併症について
胃潰瘍を放置してしまうと穿孔・腹膜炎という重篤な状態になります。こうなってしまうと場合によっては緊急手術になることもありますので、そうなる前に病院に行きましょう。
7. よくある質問とQ&A
Q.胃痛と食欲が関係する病気は?
胃潰瘍、胃がんなどが進むと最初は食欲があったのに次第に食欲が無くなってきます。
Q.胃痛がある時でも食べていいのか?
食欲があれば食べても構いません。食欲がないのでしたら無理に食べずに病院に行きましょう。
Q.胃痛の薬を飲むタイミングについて
胃炎や胃潰瘍は早めに薬を飲めば治癒しますので、痛みが出たらすぐに服用してください。
タイミングは空腹時でも食後でも構いません。