1. 機能性ディスペプシアとは?
機能性ディスペプシアの概要
日本消化器病学会のガイドラインでは、機能性ディスペプシア(functional dyspepsia;FD)は「症状の原因となる器質的、全身性、代謝性疾患がないのにもかかわらず、慢性的に心窩部痛や胃もたれなどの胃・十二指腸領域を中心とする腹部症状を呈する疾患」と定義されています。また、2016 年に発刊された、国際的な診断基準であるRome Ⅳ基準では「病悩期間が6ヵ月以上かつ食後のもたれ感、早期飽満感、心窩部痛、心窩部灼熱感のうち、1つ以上の症状があること。さらにその症状が週に数回みられ、直近3 ヵ月は持続する状態」と定義されています。加えて、つらいと感じる食後の胃もたれ/早期飽満感のいずれかが存在する場合を食後愁訴症候群(postprandial distress syndrome;PDS)、つらいと感じる心窩部痛/心窩部灼熱感のいずれかが存在する場合を心窩部痛症候群(epigastric pain syndrome;EPS)と、2つの病型に分類されます。
主な症状(胃もたれ、早期満腹感、みぞおちの痛みなど)
診断方法とその特徴
機能性ディスペプシアの診断は、患者本人の病歴や症状の臨床評価およびほかの原因の除外が必須です。まずは詳細な病歴を聴取し、症状の問診からはじめます。
1.質問紙を用いた問診
問診では、症状の持続期間や頻度、症状の悪化要因または緩和要因などを聴取する必要があります。これらの質問を効率よく、網羅的・客観的に把握するために質問紙法が使用されます。現在、これらの質問紙法は数多く存在し、それらの一つとして、症状の重症度にPAGI-SYM(patient assessment of upper gastrointestinaldisorders-symptom severity index)を使用します。また、生活の質を評価するためのものとしてPAGI-QOL(quality of life;QOL)などが知られています。身体化、うつおよび不安は、それぞれ患者の健康に関する質問票であるPHQ-15(patient health questionnaire-15)やPHQ-9、全般性不安およびうつ病などはGAD-7(generalized anxiety disorder-7)によって評価されます。
2.身体診察
ほかの原因疾患の除外のために、身体診察は欠かせません。身体診察では腹部の圧痛や他疾
患の特徴的な異常兆候を確認する場合があり、これらは除外診断に有用です。たとえば、消化性潰瘍や胃食道逆流症、胆石、膵炎、胃がんなど、機能性ディスペプシア と同様の症状をひき起こす可能性のある他疾患を除外します。腹部超音波(エコー)検査や内視鏡検査、コンピュータ断層撮影(computed tomography;CT)検査などの画像検査も、心窩部痛や腹痛の原因となる他疾患の鑑別に有用です。これらの検査によってほかの原因が除外され、機能性ディスペプシア の診断基準が満たされると、機能性ディスペプシアの診断となります。
2. 機能性ディスペプシアの原因
機能性ディスペプシアの正確な原因は十分に解明されていません。現時点では、異常な消化管運動や内臓知覚過敏症、ピロリ菌感染(正確には除外)、心理社会的要因、食事因子と生活習慣、遺伝的要因、腸内微生物叢(gut microbiota)の変化などがあげられています。これらの要因が単独もしくは組み合わせられることにより、機能性ディスペプシア が発症すると考えられています。
1.異常な消化管運動・内臓知覚過敏症
正常な消化管運動が乱れると、胃排出遅延や異常収縮が起こり、消化不良をひき起こします。内臓知覚過敏症とは、胃・十二指腸の神経感受性が高まることで痛みや不快感を感じることです。これはくり返される酸曝露やストレスによって、十二指腸の微小炎症が惹起され、腸管バリア機能を破綻することで発症すると考えられています。
2.ピロリ菌感染
ピロリ菌は、胃・十二指腸潰瘍や胃がんの原因菌として知られています。1982 年に西オーストラリア・パースのロビン・ウォーレンと内科研修医バリー・マーシャルがはじめて分離培養に成功し、同定されました。ピロリ菌は数本の鞭毛を有する約4μm のらせん状のグラム陰性桿菌です。強力なウレアーゼ活性により尿素をアンモニアと二酸化炭素に分解し、胃酸を中和することで生息を可能としています。
3.心理的・遺伝的要因や生活習慣
心理的要因や遺伝的要因、食事因子、生活習慣も機能性ディスペプシアの原因として知られています。さまざまな観点から機能性ディスペプシアの病態の解明がすすんでいますが、現時点では完全には明確化されていません。
ストレス、不安、うつは機能性ディスペプシア 症状を悪化させることがあります。また、機能性ディスペプシアの家族内発症もあります。とくに、脳腸相関は機能性ディスペプシアの発症に重要な役割を果たします。そして、過剰摂取、脂肪食や高香辛料食、カフェイン、アルコールの摂取など、特定の食品や食習慣が機能性ディスペプシア症状をひき起こすことがあります。
3. 機能性ディスペプシアの治療法
薬物療法の種類(制酸剤、胃薬など)
生活習慣の改善(ストレス管理、規則正しい食生活)
1.ピロリ菌の除菌
ピロリ菌の感染が陽性の場合には、除菌療法を行います。除菌療法により機能性ディスペプシアの症状が改善する場合は「ピロリ菌関連ディスペプシア」として、機能性ディスペプシアから切り分けられます。つまり、ピロリ菌を除菌すると3 割くらいの人の症状が改善するわけです。よって、まず最初に行われる検査・治療であるといえます。
2.生活指導と食事療法
胃の負担を軽減する
生活習慣の改善や食事療法を継続することは大切です。まずは、禁煙、カフェインの過剰摂取や高脂肪食を避けたり、十分な睡眠時間をとるなどの生活指導を行います。食べものを摂取するとそれにあわせて胃の上のほうが徐々に膨らみ、食事開始から約15 ~ 20 分で最大化するといわれています。早食いをして膨らんでいない状態の胃に食べものが入ると、大きな負担となってしまいます。つまり、ゆっくりと咀嚼してから食べることで、負担なく食事をすることができます。さらに1 回に食べる量を減らし、腹八分目を目安に食事をとると、さらに負担が減ります。また、自律神経の乱れを防ぐために十分な睡眠をとり、適度な運動を行うことが大切です。
低FODMAP食
現時点までで機能性ディスペプシアに関する標準化された栄養ガイドラインは存在しません。近年中国で行われた調査では、表現型に関係なく、機能性ディスペプシアと不規則な食習慣(食事を抜く、外食など)のあいだに正の相関関係があることが判明しました。また、2005 年にオーストラリアのモナッシュ大学からはじめて発表された「FODMAP」という概念があります。これは、すべての難消化性または吸収の遅い短鎖炭水化物の摂取量を減らすことで、腸壁の伸展を最小限に抑えられる可能性が示唆され、腸の知覚神経系の過剰刺激を減らすという概念です。これら短鎖炭水化物の摂取量を減らす低FODMAP食は、痛みや鼓腸、膨満感などの腹部症状を軽減する効果があると考えられています。しかし、機能性ディスペプシアにおいて低FODMAP 食の効果を示すエビデンスはいまだ、不十分であり、今後も継続的な研究が求められています。
3.薬剤
生活指導を行っても症状が改善しない場合に、内服薬を検討します。大きく分けると「酸分泌抑制薬」「消化管運動機能改善薬」「漢方薬」などが有用であることが知られています。
「酸分泌抑制薬」は、プロトンポンプ阻害薬(PPI)、ヒスタミンH2 受容体拮抗薬(H2RA)、カリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB)をさします。また「消化管運動機能改善薬」にはアセチルコリンエステラーゼ阻害薬(アコチアミド塩酸塩水和物)やドパミン受容体拮抗薬(メトクロプラミド、ドンペリドン)、セロトニン5-HT4 受容体作動薬(モサプリドクエン酸塩水和物)があります。「漢方薬」はさまざまな種類がありますが、六君子湯がもっともエビデンスがあり、使用されています。これらの薬剤を単剤もしくは併用しながら、治療を行います。
一方で、これらの薬剤を使用しても治療に難渋する場合には、治療抵抗性機能性ディスペプシアあるいは機能性ディスペプシア以外の疾患として、専門施設への紹介を検討する必要があります。
4. 機能性ディスペプシアにおすすめの食べ物
消化に良い食べ物
プロバイオティクスは症状緩和に有用とされており、LG21を含むヨーグルトがお勧めです。
その他オキナワモズクやコンブ,ワカメ等の褐藻類にはフコイダンと総称される多糖類が含まれており、症状改善効果があるとされています。
5. 機能性ディスペプシアで避けるべき食べ物
消化を悪化させる食べ物(脂っこい食事、刺激的なスパイス)
小麦と高脂肪食品が機能性ディスペプシアのおもな原因であるという報告もあります。
2008 年にオーストラリアで行われたランダム化比較試験において、高カロリー脂肪食は高カロリー炭水化物食および低カロリーコントロール食と比較し、有意に嘔気と腹痛を引き起こすことが証明されています。
アルコールやカフェインの摂取制限
カフェインの過剰摂取、過量の飲酒もよくありません。
食べ過ぎや早食いのリスク
前述のとおり、消化に悪い食事はよくありませんので、食べ過ぎ、早食いは控えましょう。
6. 食事以外の生活習慣の改善
規則正しいライフスタイルの確立が重要です。ストレスや睡眠不足はなるべく避け、決まった時間での食事摂取を心掛けましょう。また運動不足や喫煙が機能性ディスペプシアと関連するという報告もありますので、定期的な運動習慣をもち、禁煙することが望ましいです。
7. よくある質問とQ&A
どれくらいの期間で改善が見られるか
治療開始してから症状改善まではバラつきがありますがすぐに良くなることはあまりありません。また、単一の治療では改善しないことも多々あり、複数の薬剤内服を必要とするケースもあります。焦らずに主治医の先生とよく相談の上じっくりと治療を進めていってください。