HPVワクチン最新情報に関する専門家レポート
- くりた内科・内視鏡クリニック

- 9月9日
- 読了時間: 12分

地域の健康を考える内科・内視鏡クリニックとして、なぜ今、HPVワクチンについて発信するのか
子宮頸がんは、多くの女性が直面する重要な健康課題です。この疾患の最大の原因は、性交渉を介して感染するヒトパピローマウイルス(HPV)であると科学的に証明されています。日本では毎年約15,000人の女性が新たに子宮頸がんに罹患し、残念ながらそのうちの約3,500人が命を落としています。近年、日本ではこの罹患率や死亡率が緩やかな増加傾向にあることが指摘されており、公衆衛生上の深刻な課題となっています。
この現状に対し、当院は内科・内視鏡クリニックとして、従来の専門領域である消化器や呼吸器の健康管理に加えて、子宮頸がんの予防という新たな視点から地域社会の健康に貢献したいと考えています。私たちは、内視鏡検査で培ってきた「精密な観察と病変の早期発見」に対する知見を、子宮頸がん予防という領域にも応用できると確信しています。正確な情報提供と、患者様の不安に寄り添う丁寧な医療を通じて、子宮頸がんを過去の病気にすることを目指し、本レポートを作成しました。
HPVワクチンの科学的基礎:正しく理解するためのキーポイント
ヒトパピローマウイルス(HPV)とは何か
ヒトパピローマウイルス(HPV)は、皮膚や粘膜に感染する非常にありふれたウイルスであり、200種類以上もの型が存在することが分かっています。その多くは自然に排除されますが、一部の型、特に「高リスク型」と呼ばれる型が子宮頸がんの原因となります。また、子宮頸がん以外にも、中咽頭がん、肛門がん、腟がん、外陰がん、陰茎がん、そして尖圭コンジローマなどの疾患を引き起こす場合もあります。HPVに感染したからといって、必ずしもがんを発症するわけではありませんが、高リスク型HPVに持続的に感染することで、将来的にがんへと進行するリスクが高まります。HPVワクチンの役割は、このウイルス感染を事前に防ぐことで、将来の重篤な疾患を予防することにあります。
日本で使用できるHPVワクチンの種類と特徴
現在、日本国内で公費での接種が可能なHPVワクチンは3種類あります。これらのワクチンは、それぞれ予防できるHPVの型が異なり、予防効果の範囲にも違いがあります。
ワクチン名 | 製品名 | 予防できるHPV型 | 主な予防対象 | 予防できる子宮頸がんの割合 |
2価ワクチン | サーバリックス | 16型, 18型 | 子宮頸がんの原因の約50-70% | 50-70% |
4価ワクチン | ガーダシル | 6型, 11型, 16型, 18型 | 子宮頸がんの原因の約50-70%に加えて、尖圭コンジローマなどの感染症 | 50-70% |
9価ワクチン | シルガード9 | 6型, 11型, 16型, 18型, 31型, 33型, 45型, 52型, 58型 | 子宮頸がんの原因の約80-90%に加えて、尖圭コンジローマなどの感染症 | 80-90% |
2価ワクチン(サーバリックス)と4価ワクチン(ガーダシル)は、子宮頸がんの原因の50-70%を占めるHPV16型と18型の感染を予防します。
9価ワクチン(シルガード9)は、2023年4月から公費接種の対象となり、子宮頸がんの原因の80-90%を占める7つの型(HPV16/18/31/33/45/52/58型)に対応する、より広範囲の予防効果を持つ画期的なワクチンです。当クリニックはこのワクチン接種を強く推奨します。
ワクチンの作用機序:発がん性がない理由
HPVワクチンが感染やがんを予防する仕組みは、ウイルスそのものではなく、ウイルスの表面の殻の部分に似せた「ウイルス様粒子(VLP)」を使用している点にあります。VLPは人工的に作成されたもので、ウイルスの遺伝子情報(DNA)を一切含んでいません。このため、ワクチン自体が感染を引き起こすことも、がんを引き起こすこともなく、高い安全性が確保されています。接種されたVLPは体内で免疫反応を誘導し、「抗体」というタンパク質を生成させます。この抗体が、将来HPVが体内に侵入しようとした際にその付着をブロックし、感染を防ぐことで病気を予防するのです。
ワクチンがもたらす多面的な予防効果
HPVワクチンは一般的に「子宮頸がんワクチン」として知られていますが、その予防効果は子宮頸がんだけに留まりません。9価ワクチンは、子宮頸がんの原因となる高リスク型HPVだけでなく、尖圭コンジローマなどの原因となるHPV6型や11型の感染も防ぐことができます。さらに、米国疾病予防管理センター(CDC)は、HPVワクチン接種により、HPVが原因となるがんの92%が予防可能であると報告しています。
特に重要な点として、HPVワクチンが浸潤性の「がん」を予防するだけでなく、「がんになる前段階」の病変に対しても極めて高い予防効果を示すことが大規模な研究で証明されています。例えば、9価ワクチンに関する臨床試験では、子宮頸部の高度前がん病変の発生を98.2%も減少させることが示されました。これは、単にがんそのものを予防するだけでなく、診断や治療に伴う患者様の身体的・精神的な負担を大きく軽減する効果があることを意味しています。ワクチンは、子宮頸がんをはじめとするHPV関連疾患全体に対する包括的な予防策として位置づけられるべきであり、この事実は男性を含むより広い範囲の読者にとっても、その重要性を理解する上で非常に有益な情報です。
揺るぎないエビデンス:世界の成功と日本の教訓
世界が示す確固たる有効性
世界保健機関(WHO)はHPVワクチンの接種を強く推奨しており、2024年1月時点で世界140カ国以上で公的な予防接種プログラムが実施されています。特に、ワクチン接種率が高い国々では、その有効性が実証されています。例えば、オーストラリア、イギリス、カナダなどでは、接種率が80%以上に達しており、子宮頸がんの発生率が大幅に減少しているという画期的なデータが報告されています。
オーストラリアでは、HPVワクチンの接種率が90%近くに達したことで、ワクチン接種者だけでなく、接種を受けていない人々の間でもHPV感染率が低下する「集団免疫効果(herd protection)」が確認されています。スウェーデン、英国、デンマークで行われた国家レベルの大規模研究でも、HPVワクチンが浸潤性子宮頸がんのリスクを大幅に減少させることが歴史的に重要な論文として示されました。これらの研究は、接種年齢が若いほど、がんの発生率低下が顕著であることを明確に示しており、HPVワクチンの予防効果の確実性を裏付ける揺るぎない証拠となっています。
日本における安全性検証の経緯と科学的結論
日本では、2013年にHPVワクチンの積極的な勧奨が一時的に差し控えられました。その背景には、接種後に報告された多様な症状に関するメディア報道がありました。この勧奨中止は多くの人々に不安を与えましたが、その後、日本国内で大規模な疫学調査が行われ、その安全性が科学的に検証されました。
例えば、名古屋市で行われた大規模疫学調査の結果は、HPVワクチンを接種していない者においても、接種後に報告された症状と同様の「多様な症状」が一定数存在することを明らかにしました。この結果に基づき、接種後の症状とワクチンとの間に因果関係があるとは言及できないと結論づけられています。これらの厳格な科学的検証を経て、2021年11月に専門家会議でHPVワクチンの「有効性が副反応のリスクを明らかに上回る」ことが再確認され、2022年4月から積極的な勧奨が再開されました。
誤った情報がもたらした公衆衛生上の「空白の10年」
日本のHPVワクチン接種率がG7の中で最下位であるという事実は、単なる数字以上の意味を持っています。2013年に一時的に勧奨が差し控えられた背景には、一部メディアによる科学的に不確かな副反応の強調報道が、国民の認識に強く影響を与えたという経緯があります。この結果、日本では約10年間にわたり、積極的な情報提供が行われない「空白の期間」が生まれ、本来接種を受けるべき数百万人の若い女性がその機会を失いました。この期間にワクチン未接種のまま対象年齢を過ぎた世代は、将来的に子宮頸がんの罹患・死亡リスクが増大すると科学的に推計されています。これは、公衆衛生において、正確な情報提供と政策の継続がいかに重要であるかを示す、現代社会への大きな教訓です。当院は、この「情報の空白」を埋めるために、科学的根拠に基づいた正しい知識を伝える役割を担いたいと考えています。
日本の現状と、今、行動すべき理由

依然として低い接種率と地域格差
積極的な勧奨が再開されたにもかかわらず、日本のHPVワクチン接種率は依然として低い水準に留まっています。
国名 | HPVワクチン接種率(%) |
オーストラリア | 約90% |
英国 | 約80% |
韓国 | 約70% |
日本 | 14.4%(2022年度) |
最新のデータでは、高校1年生女子の初回接種率は41.9%に留まり、WHOが推奨する目標値90%には遠く及ばない状況です。また、キャッチアップ接種の対象者においても、3回接種を完了したのはわずか34%にすぎません。さらに、都道府県によって接種率に大きな開きがあることも分かっており、最も高い山形県(高1女子67.3%)と最も低い沖縄県(高1女子17.1%)では4倍近い差が見られます。この地域間の格差は、情報アクセスの不平等や、地域ごとの支援体制の違いが影響している可能性を示唆しています。
キャッチアップ接種の現状と迫る期限
2013年の勧奨中止により接種機会を逃した世代を対象に、国は「キャッチアップ接種」制度を設けています。この制度は、公費でワクチン接種を完了できる期間限定の特別な機会です。
接種の種類 | 対象者 | 公費助成の期限 |
定期接種 | 小学校6年生〜高校1年生相当の女子 | 12歳〜16歳となる日の属する年度の末日まで |
キャッチアップ接種 | 1997年度から2008年度生まれの女性 | 2026年3月末まで |
キャッチアップ接種の対象者で、2025年3月末までに1回目の接種を始めれば、3回全ての接種を公費で完了することができます。しかし、接種期間は2026年3月末までと定められているため、特に3回接種が必要な15歳以上で初めて接種を受ける場合、早めの開始が不可欠です。
接種をためらう背景にある心理的障壁
日本のHPVワクチン接種率が依然として低迷している背景には、単なる情報不足だけでなく、より複雑な心理社会的要因が関わっています。思春期の女性は、不定愁訴(特定の原因が見つからない身体の不調)の有病率が高い時期であり、心理的・社会的なストレスにも敏感です。また、多くの若い世代が接種をためらう理由として、保護者、特に母親が過去のメディア報道から抱く「副反応への強い不安」が挙げられています。保護者は、子宮頸がん予防の重要性は理解しつつも、報道による不安なイメージとの間で葛藤している傾向が見られます。この事実は、単に科学的なデータを提供するだけでは不十分であり、患者様一人ひとりの不安に寄り添い、丁寧な対話を通じて信頼を築くことの重要性を示唆しています。
男性へのHPVワクチン:予防対象の拡大と新たな展望
これまで日本国内で男性へのHPVワクチン接種として承認されていたのは、4価ワクチン(ガーダシル®)のみでした。しかし、2025年8月に厚生労働省の薬事審議会において、より広範囲の型を予防できる9価ワクチン(シルガード9®)の男性への適応拡大が了承されました。これにより、男性も9価ワクチンを接種できるようになったことは、公衆衛生上非常に重要な進展です。
男性がHPVワクチンを接種するメリットは多岐にわたります。
HPVは、子宮頸がんの主な原因であるだけでなく、中咽頭がん、肛門がん、陰茎がん、尖圭コンジローマなどの疾患を男女問わず引き起こすことが知られています。
研究によると、4価ワクチン(ガーダシル®)は、HPV6型および11型が原因で発症する尖圭コンジローマに対して高い予防効果を示し、特定の集団では肛門がんやその前駆病変を予防する効果も確認されています。9価ワクチンの適応拡大は、これらの疾患に対する予防効果をさらに高めることが期待されます。
日本国内では、2024年10月から男性へのHPVワクチン接種費用を助成する市区町村(世田谷区など)も出てきており、小学校6年生から高校1年生相当の男子を対象に公費での接種が可能になっています。ただし、男性への接種は、女性の定期接種とは異なり、予防接種法に基づかない「任意予防接種」として位置づけられています。全国一律の公費助成ではないため、助成の有無や内容は各自治体によって異なりますが、このような動きは、HPVワクチンが女性だけでなく、男性にとっても重要な健康予防策であるという認識が広まっていることを示しています。
HPVワクチンと子宮頸がん検診:包括的な予防戦略の確立
ワクチンだけでは不十分な理由
HPVワクチンは極めて効果的な予防策ですが、それだけで子宮頸がんの予防が完結するわけではありません。その理由は、以下の2点にあります。
予防できないHPV型がある
9価ワクチンが子宮頸がんの原因の80-90%を予防できる一方で、すべてのがんの原因となるHPV型を網羅するものではありません。
すでに感染しているHPVを排除する効果はない
ワクチンは感染を「予防」するためのものであり、すでに感染してしまったHPVを「治療」したり「排除」したりする効果はありません。
このため、HPVワクチン接種と並行して、定期的な子宮頸がん検診を組み合わせる「両輪での予防戦略」が最も重要であるとされています。検診は、ワクチンで予防できない型の感染や、すでに感染してしまった場合の早期発見に不可欠です。
当院が提供する予防医療
一般的に、子宮頸がん検診(細胞診)は20歳から2年に1回受けることが推奨されています。特定の婦人科クリニックでは、消化管用の高性能な内視鏡カメラを応用し、腟部から挿入することで子宮頸部を精密に観察する「子宮頚部内視鏡検査(インナービュー検査)」が実施されています。この方法には、従来の検診に比べて以下のような明確な利点があります。
身体的・心理的負担の軽減:従来の器具(クスコ)の半分から4分の1程度の大きさの細い内視鏡を使用するため、検査時の不快感が少ないとされています。また、内診台に大きく開脚する必要がなく、横向きの姿勢で検査を受けられるため、心理的な抵抗感も緩和されます。
精密な画像診断:高性能な拡大内視鏡を用いることで、子宮頸部を鮮明かつ高精細な画像で観察できます。これにより、検診で異常が指摘された部位を高い確率で特定し、より正確な診断につなげることができます。
プライバシーへの配慮:検査中はスリットの入った専用のパンツを着用し、陰部の露出を最小限に抑えられます。男性医師が担当する場合でも、患者様の体を直接見ることが極力ないように検査を行い、常に女性看護師がそばに付き添う体制をとることができます。
*当クリニックでは子宮頸がん検診は実施しておりませんので近隣の婦人科クリニックをご紹介致します。
未来の健康のために、今、当院と共に

HPVワクチンは、子宮頸がんの脅威から身を守るための最も強力で、そして確実な武器です。わずか数回の接種という比較的容易な方法で、将来的な発がんリスクを大幅に減少させることができます。例えば、大規模な臨床試験では、9価ワクチンが子宮頸部高度前がん病変の発生を98.2%も減少させることが証明されています。
ワクチン接種は予防戦略の第一歩に過ぎません。すでに感染してしまったウイルスや、ワクチンでカバーされない型による病変を早期に発見するためには、定期的な子宮頸がん検診が不可欠です。
くりた内科・内視鏡クリニックは、単にHPVワクチンを接種する場所ではありません。私たちは、子宮頸がん予防に関するあらゆる不安や疑問に対し、科学的根拠に基づいた丁寧な対話を通じて、患者様の良きパートナーとなることを目指しています。
ご不安な点、ご不明な点があれば、お気軽にご相談ください。定期接種・キャッチアップ接種の対象に当てはまるか、また当院の検診について詳しく知りたい方は、お電話または当院のウェブサイトからご予約ください。未来の健康のために、今、行動することが何より大切です。



