市販の便秘薬を飲み続けて大丈夫?
- くりた内科・内視鏡クリニック
- 5 日前
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専門医が解説する、便秘治療の新たな常識「もう何年も便秘薬が手放せない」「薬がないと不安で仕方ない」 そう感じている—方は少なくありません。ドラッグストアで手軽に購入できる便秘薬は、日々の不快感を和らげる頼もしい存在です。しかし、その便利さの裏側で、知らず知らずのうちに便秘を悪化させたり、体に負担をかけたりしている可能性は十分にあります。
私たちは、そうしたお悩みを抱える多くの患者さんと日々向き合っています。このブログ記事では、単なる便秘解消法に留まらず、ご自身の便秘の原因を正しく見つめ、市販薬との安全な付き合い方を理解し、健康的で持続可能な排便習慣を手に入れるための道筋をお示しします。
私は、くりた内科・内視鏡クリニックの院長を務める栗田です。神戸大学医学部を卒業後、京都大学医学部附属病院で消化器内科の専門医・指導医として研鑽を積んでまいりました。特に、大腸疾患の診断と治療、そして患者さんの苦痛に配慮した内視鏡検査に力を入れています。この専門知識と臨床経験に基づき、皆様の便秘のお悩みに深く寄り添い、本当に必要な治療法をお伝えできれば幸いです。
第1章:その便秘、放置しないで!見過ごされがちな便秘の危険性
便秘は、多くの人が経験する身近な症状である一方で、その影響は単なる不快感に留まりません。便が腸内に滞留することは、全身の健康に悪影響を及ぼし、時には命にかかわるような重篤な病態を引き起こす可能性があります。
物理的な悪影響と重篤な合併症
便秘を放置することで、まず起こりやすいのが痔や肛門疾患です。硬くなった便を排泄するために強くいきむ行為は、肛門周囲の組織に過度な負担をかけ、切れ痔(裂肛)やいぼ痔(痔核)を引き起こす大きな原因となります。痔の痛みや出血を恐れて排便を我慢することで、さらに便秘が悪化するという悪循環に陥ることも珍しくありません。さらに危険なのが、腸閉塞(イレウス)です。便が腸内で長期間留まることで水分が過剰に吸収され、石のように硬い塊となることがあります。この塊が腸管を完全に塞いでしまうと、食べ物や消化液の通過が妨げられる「糞便性イレウス」と呼ばれる重篤な状態に至ります。この病態は、強い腹痛、腹部の膨満感、吐き気や嘔吐を伴い、緊急的な処置が必要となる、まさに命にかかわる病気です。また、非常にまれなケースではありますが、長期間にわたり硬い便が腸管壁を圧迫し続けることで、潰瘍を形成したり、腸に穴が開く穿孔(せんこう)を引き起こしたりするリスクも指摘されています。
全身に及ぶ悪影響
便秘が引き起こす問題は、消化器系に限りません。腹部の張りや痛み、食欲不振、吐き気といった身体的な不調は、日常生活の質(QOL)を著しく低下させます。また、便の停滞は、腸内の腐敗菌を増加させ、腸内フローラのバランスを乱すことにつながります。これにより、肌荒れや集中力の低下、だるさ、イライラ、不眠など、心身にわたる様々な不調を引き起こすことが報告されています。便秘は単なる一時的な不快感ではなく、放置することで全身の健康を蝕む深刻な問題となりうるのです。
第2章:市販の便秘薬の「光と影」:種類と長期連用のリスク
市販の便秘薬は、その手軽さから多くの人に利用されています。しかし、そのすべてが同じように作用するわけではありません。便秘薬は、その作用機序によって大きく二つのタイプに分けられます。この違いを正しく理解することが、安全な使用の第一歩です。
市販薬の二大分類:刺激性下剤と非刺激性下剤
便秘薬は、腸の運動を促進するタイプ(刺激性)と、便を柔らかくするタイプ(非刺激性)に主に分けられます。
刺激性下剤:腸を強制的に動かすタイプ
ビサコジル、センノシド、ダイオウ、センナ、アロエなどの成分がこれに該当します。これらの成分は、大腸の神経や粘膜を直接刺激することで、腸のぜん動運動を強制的に高め、排便を促します。即効性が高く、頑固な便秘に効果を感じやすいという利点があります。
非刺激性下剤:便を柔らかくするタイプ
酸化マグネシウムやプランタゴ・オバタなどがこれにあたります。浸透圧性下剤や膨張性下剤とも呼ばれ、腸内の水分を増やして便を柔らかくしたり、便のカサを増やしたりすることで、自然な排便をサポートします。効果は穏やかで、腹痛や習慣性がつきにくいとされています。
長期連用がもたらす「落とし穴」:なぜ効かなくなるのか?
市販の便秘薬は、症状に応じて適切に使用すれば非常に有効ですが、自己判断での長期連用には深刻なリスクが伴います。
刺激性下剤の耐性と依存性
刺激性下剤を長期間にわたって使い続けると、体が薬に慣れてしまい、次第に効果が弱くなる「耐性」が生じることがあります。この現象は、単なる慣れではなく、科学的なメカニズムに基づいています。長期間にわたり腸の神経(腸管壁内神経叢)を刺激し続けると、神経自体が疲弊し、薬への反応が鈍くなってしまうのです。その結果、同じ効果を得るために薬の量を増やす必要が生じ、最終的には薬がないと排便できない「下剤依存」の状態に陥ってしまうのです。下剤依存は医学的な用語ではありませんが、一般的にこの状態を指す言葉として広く認識されています。
非刺激性下剤にも存在するリスク
比較的安全性が高いとされる酸化マグネシウムにも、長期連用によるリスクは存在します。特に、腎機能が低下している方や高齢者が漫然と服用し続けると、体内のマグネシウム濃度が異常に高まる「高マグネシウム血症」を引き起こす可能性があります。高マグネシウム血症が重症化すると、吐き気、筋力低下、脈が遅くなる(徐脈)といった初期症状を経て、呼吸抑制や意識障害、心停止に至るケースもあるため、専門医の監督下での服用が不可欠です。
以下に、市販の便秘薬の種類と特徴をまとめます。
種類 | 刺激性下剤 | 非刺激性下剤 |
主な成分 | ビサコジル、センノシド、ダイオウ、センナなど | 酸化マグネシウム、プランタゴ・オバタなど |
作用機序 | 腸の神経を直接刺激し、ぜん動運動を強制的に高める | 腸内の水分量を増やして便を柔らかくしたり、カサを増やす |
特徴 | 即効性がある。比較的強い効果が期待できる | 効果が穏やか。腹痛や依存性がつきにくいとされている |
長期連用リスク | 腸の機能低下、耐性、依存性、腹痛 | 高マグネシウム血症(腎機能低下者・高齢者) |
第3章:専門医に相談するメリット:市販薬にはない、病院だからこそできる治療
市販薬は「便秘」という症状に一律に対応するのに対し、医療機関では、患者さん一人ひとりの便秘のタイプや原因を診断し、より安全で効果的な治療薬を選択します。これは、根本的な原因にアプローチし、長期的な解決を目指すアプローチです。
便秘治療の新たな常識:最新の作用機序を持つ処方薬
2010年代以降、慢性便秘症の治療は目覚ましい進歩を遂げ、新しい作用機序を持つ画期的な薬剤が登場しました。これらの薬は、従来の便秘薬が抱えていた長期連用のリスクを大幅に軽減します。
腸管内の水分分泌を増やす薬剤:アミティーザ®、リンゼス®
ルビプロストン(アミティーザ®)やリナクロチド(リンゼス®)は、腸管の粘膜にある特定のチャネルや受容体に作用することで、腸内に水分を分泌させ、便を柔らかくします。これにより、自然な排便を促し、無理のない便通改善を目指します。リナクロチドは、便通だけでなく腹痛や腹部不快感も改善する作用も持っています。
胆汁酸の働きを活発にする薬剤:グーフィス®
エロビキシバット(グーフィス®)は、胆汁酸が小腸で再吸収されるのを抑制するユニークな作用機序を持つ薬剤です。これにより、大腸内の胆汁酸量が増え、水分分泌と腸のぜん動運動の両方を活性化させます。
これらの新しい薬が従来の刺激性下剤と決定的に異なるのは、「腸を強制的に動かす」のではなく、「腸が本来持っている自然な働き」をサポートするという点です。この生理的なアプローチは、長期的な治療を可能にし、患者さんの生活の質(QOL)を根本から改善する大きなメリットをもたらします。
以下に、従来の刺激性下剤と最新の処方薬の違いをまとめます。
項目 | 従来の刺激性下剤(市販薬に多い) | 最新の新規作用機序薬(処方薬) |
作用機序 | 腸の神経を直接刺激し、ぜん動運動を強制的に高める | 腸管内の水分分泌を増やす、腸の自然な働きをサポートする |
長期連用リスク | 耐性・依存性、腸の機能低下、腹痛 | 従来の薬剤と比べてリスクが低く、長期的な使用が可能 |
入手方法 | 薬局やドラッグストアで購入可能 | 医師の診断・処方箋が必要 |
専門医の必要性 | 自己判断での使用が一般的だが、長期使用は危険 | 医師が症状や体質を評価し、適切な薬を選択するため安全で効果的 |
第4章:その便秘は「病気のサイン」かもしれません:専門医に相談すべき危険なサイン
便秘は、その背景に別の病気(器質性便秘)が隠れていることがあります。特に、問診と検査を通じて、便秘の「器質的原因」(大腸がん、腸閉塞など)を特定することが極めて重要です。見逃してはいけない危険なサイン以下の症状が一つでも当てはまる場合は、自己判断で放置せず、すぐに専門医に相談してください。
項目 | 危険なサイン・チェックリスト |
急な変化 | いつもと違って、急に便秘になった(特に40歳以降) |
便の状態 | 便に血が混じる、粘液が混ざる、または便が真っ黒 |
身体症状 | 強い腹痛、嘔吐、発熱を伴う |
慢性症状 | 原因不明の体重減少や貧血がある |
形状変化 | 便が細くなった |
薬剤反応 | 市販薬を飲んでも全く効かない |
病歴 | 50歳以上、または家族に大腸がん歴がある |
便秘と大腸がんの「誤解」を解く
便秘と大腸がんの関係については、「便秘ががんを引き起こす」という誤解が広まっています。しかし、国立がん研究センターなどの大規模調査では、便通の頻度と大腸がんの発症率に直接的な因果関係はないと報告されています。
これは、「便秘を放置して大丈夫」という意味ではありません。便秘そのものががんの原因となるわけではありませんが、大腸がんが進行して腸管が狭くなると、その結果として便秘が起こることがあるのです。つまり、便秘はがんの「症状」である可能性があり、その危険なサインを見逃さないことが何よりも大切なのです。自己判断で市販薬を使い続けることは、このサインを見過ごし、早期発見の機会を失うことにつながります。
第5章:くりた内科・内視鏡クリニックの便秘治療:診断から根治まで
当院は、単に便秘薬を処方するのではなく、まず丁寧な問診と、必要に応じた検査を通じて、便秘の根本原因を突き止めることを重視しています。
大腸内視鏡検査の重要性
便秘の背景に隠れた大腸がんやポリープ、炎症性腸疾患などの「器質的疾患」を確実に診断するために、大腸内視鏡検査は不可欠です。特に、前述した危険なサインが一つでも当てはまる場合は、精密検査として大腸内視鏡検査を行うことを強く推奨します。
大腸内視鏡検査は、ポリープをその場で切除することで、将来的な大腸がんの予防にもつながります。当院では、長年の経験を持つ消化器内視鏡専門医・指導医が、患者さんの負担を最小限に抑えるように配慮し、鎮静剤の使用など苦痛の少ない検査を提供しています。
診断から治療まで、当院で一貫して対応できる安心感を提供いたします。
第6章:まとめ:便秘のお悩みは、自己判断で解決しないでください
市販の便秘薬は一時的な症状緩和には有効ですが、長期連用には耐性や依存性、そして深刻な副作用のリスクが伴います。また、便秘は、生活の質を著しく低下させるだけでなく、腸閉塞や糞便塞栓症、さらには大腸がんなどの重大な病気のサインである可能性も否定できません。
便秘は我慢する症状ではありません。また、薬局で済ませる症状でもありません。あなたの便秘の根本原因を正しく診断し、安全で効果的な治療を始めることが、健やかな毎日を取り戻す第一歩です。少しでも気になる症状がある方は、自己判断をせず、まずは専門医にご相談ください。私たちは、皆様の「スッキリ」を取り戻すお手伝いを全力でさせていただきます。